2018/05/07

移住から半年が過ぎて


地元の林業を営む方から頂いた木に
これまた地元のカフェの店主さんに書いて
頂いた右肩上がりの表札
早いもので私達夫婦が兵庫県神崎郡神河町に移住して来て、はや半年が経とうとしています。
やっと極寒の冬を乗り越え、暖かな日差しが届くようになってきたこの町で、正直もう半年が過ぎたことに驚いていますが、少しずつ日々が充実してきたことを考えると、確かにそこには半年の月日があったのだなぁとも思います。

今日は今月5月26、27日に国立の美術館で行われる私たちの公演に向けてリハーサルをする中で感じたこと、そして神河町に来て半年が経って感じていることを文章にしてみようと思います。毎度のごとく、長文になる予感がしていますが、ご一読いただければ幸いです。

畑を二うね貸していただき人生初の耕運機

神河町に移住する前、私たち夫婦は東京の西国分寺に住んでいました。東京でありながら豊かな自然に囲まれた穏やかな街で、去年の今頃は近くの公園でカエルがたくさん見られたほどでした。

そんな都会の喧騒を離れた場所である国分寺、国立エリアには音楽家や芸術家が多く住んでおり、結婚する以前から西国分寺に住み始めた私たちはお互いの知り合いが繋がっていくこと、共通の友人のご近所さんができることの豊かさを感じていました。

今回の国立にある会員制の美術館、宇フォーラム美術館もそんな緩やかなつながりの中で出会った場所でした。私たちは東京を離れるにあたってこの出会いを完全に手放してしまうのは悲しいという思いもあり、緩やかにこの場とのつながりを残しておけないものか?と考え、今回のAllegory創作シリーズを始めました。

移住を決めたとき、もう東京で夫婦そろって発表の場を持つことは難しいだろうと思っていました。
しかし今になって私は、実は東京にいた方が、その機会は遠退いて行ったのではないかと感じています。機会や場所に恵まれていればいるほど、人は段々とそのことに慣れて来てしまいます。
二人で暮らしていることにも、段々と「あたりまえ」が付きまとって、いつの間にか特別さは薄れていってしまいます。
私達夫婦にとって、田舎暮らしというある種のクライシスが訪れたことによって、機会や場所の貴重さ、人とのつながりの尊さみたいなものが再確認されているような気がします。
そして誰に対して見てもらいたいのか?ということも、東京にいて漠然と作品を発表していたころに比べるとハッキリとしてきた気もします。
そしてそれは単に田舎暮らし始めたからということだけではなく、今までにお互いが機会と場所を必死で開拓してきたことや、ここ二、三年、海外で仕事をしてきたことも深くかかわっていると思います。
日本語が通じて、場所があって、人がいることは決して「あたりまえ」じゃない。そのことが私達夫婦の中に新たな創作の種を生んだ一つの要因だと感じています。

そういった意味で今回のAllegory創作シリーズは東京に残してきた私たちの創作の種であり、畑です。その芽がどのように開き、どんな花を咲かせるか、今のところ全く未知ですが、根気よく続けていけたらと思っています。

ところで、今私たちは神河町で有機農業教室に通い、畑を借りて作物を育て始めました。その中で思うのは豊かな土壌を育てることが何より大事だということ。長い時間をかけて土自体を育てていくことで、雑草の生えにくい土壌、作物の良く育つ土壌が生まれます。
東京にはそれこそ、様々な種類の豊かな土壌が、ありすぎるといっても良いほどあり、私はその恩恵を今までに沢山受けてきました。京都にも10年住んでいたので京都の土壌にも育てられてきました。逆に神河町には東京のような土壌はありません。しかし神河には神河でしか育たない作物がきっとあるはずで、私たちはその、まだ見ぬ土壌を耕し始めたばかりなのかもしれません。

話があちこち飛びますが、最近久しぶりに会った若いダンサーが「オファーが来なくなったらやめようと思う」という話をしてくれました。それはそれで潔いことです。
ただ、その話をされたとき、私の中に浮かんだ言葉は「やめるとは何か?」ということでした。「やめる」とは何かから「降りる」ことを指す場合もあるし新たなことに「乗り換え」ることもやめるの一部である気がします。
そういった意味で私は田舎に引っ越したことで東京の土壌から「降りた」のかもしれません。しかしそのおかげで逆に国立に新たな畑を持つことができました。
それがいいことなのかどうかは10年後ぐらいにわかるんじゃないかと思っています。
東京や京都で根を張って頑張ってきた同世代が活躍していく姿を見て、根を張ることの強さを感じ、自分はふらふらしてんなぁと感じることもあります。年相応の焦りも、もちろんあります。


しかし生きている限り日々、何かをやめて、何かに乗り換えて人は生きていくものだと思うのです。
実際この半年で私は東京行きの夜行バスに10回以上は乗ったり降りたりしていますし、6月にはダンサーとして東京の振付家の作品に出演したりしています。

じゃあいったい何をやめて、何に乗り換えたのか?案外それを決めるのは自分次第で、人はそんなこと対して気にしてない。今でも「京極」という名前のイメージから、私が京都にいると思っている人によく合いますし 笑
思えばずっと移動し、乗り換えてきました。それは機会と場所を求めてさまよう旅であったように感じます。それは様々なリスクと大きな不安を伴う旅でした。
しかし人生のパートナーを得た今、私の帰る場所は一つになりました。いわばパートナーが拠点といった感じです。パートナーが移動すればそれに伴い私も移動することになります。
その旅は相変わらずリスクと不安を伴う旅ではあるのですが、プラスになることのほうがマイナスより多い。と、今のところ感じています。
人とのつながりは倍に、出来ることはそれ以上に増えているからです。チーム戦になった分、チーム内での揉め事は絶えないのですが、、、。

そして移住して半年が過ぎた今、私の中で新たな思いが生まれてきました。
進路を踊りに定めてから10年が経って、改めて自分には何ができるのか?を考えた時、ずっと漠然としていたことや、目をそらしていたことが様々な成功と挫折の繰り返しの中で急にハッキリとしてきたように感じられています。出来る事と出来ない事。その両方を見つめることで、より出来ることに集中していく感じが、今の感じです。
そしてそのできることの一つが、神河町に自分たちの機会と場所を作り、それを県外に開くというアイデアです。具体的には稽古とレジデンスができるスタジオを開設したいと考えています。
神河町には豊かな自然と広い土地があります。その環境で自分達の創作を深めたり、レジデンスアーティストを受け入れる機会を作っていくことができればと考えています。それだけでなく自分たちの創作を深め、作品をリリースしていくことも考えていますが、まずは考えるだけでなく、なるべくこのアイデアを人に話してみることにしています。有言実行できるように。

絶えず機会と場所を求めて彷徨ってきたからこそ、拠点を持ち、運営していくことに今、興味を持ち始めたのだとも思います。海外のレジデンス施設をいくつか見てきたことも大きく関係していることと思います。
その中で強く感じていることは人と人のつながりが種を運び、やがて様々な場所に畑ができ、季節が来れば申し合わせたかのように花が咲き、実がなるということ。
冬の間、全くその気配を見せなかった我が家の庭の花々が、春になって申し合わせたかのように一斉に咲き始めたときは本当に驚きました。その種はどこからやって来て花を咲かせ、その実は風に運ばれ、どこへ行くのか?
拠点を持つということはそんなことに思いをはせながら、そこにいながらにして思いを旅させることなのではないかと思います。

実際そんなスタジオに適した場所が見つかるのか?見つかったとして、どうスタジオを運営していくのか?問題は山ほどあると思うのですが、時間をかけて旅の準備をしてみようと思い始めました。
そして今月、国立で行われる公演も、これらのアイデアと無縁ではなく、まさに「創作の種」を運ぶ、育てるといった過程を披露するものになると思います。
完成されたものではなく、まだ種だけれども今後に思いをはせられるもの、そして少しでも神河町で暮らし始めた私たちの思考と挑戦の日々を込められたらと思っています。
離れた場所でいかに花は咲き、実がなるのか?今になってやっと生活とダンスが同じ動線上に重なるのを感じています。
咲いた花がいかに綺麗か、なった実が何の役に立つか?そんなことにしか目がいかなかった時は、ダンスと生活はいつもギリギリに重く、きつく重なり合っていました。
今もそんな重なりから完全に自由になれたわけではありません。
しかし少しずつその重なり方は苦しい重なりではなく、呼気と吸気があって呼吸があるように、穏やかに重なっていける。そんな気がし始めているのです。

神河町は実は桜の名所だらけ!
なんだか隠居みたいな文章になってしまいましたが、実際、こんな気持ちになれているのは奥さんが日々地域おこし協力隊として働いているからであって、頭が上がりません。
今はまだ私は県外に出稼ぎ状態ですが、ゆくゆくはスタジオ開設に向けて、町に関わっていく仕事をしていければと思っています。

と、いうことで最後は宣伝になってしまいますが、5月26、27日はぜひ国立の美術館、宇フォーラム美術館へ是非お越し下さい。皆さんにお会いできるのを楽しみにさせていただきます。
とてもよくまとめていただいた、ステージナタリーさんの記事が以下のリンクから見られますので是非アクセスしてみてください。長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
Allegory 創作シリーズvol.1「FuReRu」詳細
https://natalie.mu/stage/news/279595

2018/01/03

新年!!

新しい年を迎えました!
喪中につき、新年のお祝いの挨拶は控えさせていただいておりますが、新しい年を迎える喜びは毎年変わらず、今年もよい年であるようと、願うばかりです。
 
昨年は年明けから大きな座組に参加させていただき、ツアーで様々な場所を訪れたことに始まり、京都のミュージカル振付や結婚式、長期韓国滞在と母親の他界、国立美術館の企画の始動、フェスティバルトーキョーへの参加、仙台での公演、看護福祉大学での授業、そして移住など、盛りだくさんの一年でした。
特に今年は拠点が兵庫県になったということもあり、仕事も生活もガラッと趣を変えることになりますが、基本的には兵庫を拠点に仕事単位で東京、京都などフットワーク軽く、移動しております。お仕事依頼に関わらず、ぜひお気軽にお声かけください。
 
しばらくは兵庫で農家の仕事をお手伝いをしながら心身を鍛えてみようと思います。焦らず弛まず、大切なことは変わらず大切に、自分自身の踊りを見つめ、鍛錬し、皆様にお届けできるよう頑張りたいと思っておりますので、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 
                                   201813日 京極朋彦
 
 
<今後の予定>
 
20181
 
アマキオトによる国立、宇フォーラム美術館企画 始動
 
伊東歌織主宰「アマキオト」が国立にある会員制美術館「宇フォーラム美術館」を舞台にダンサーやミュージシャンと共に長期的なリサーチとワークショップを行う企画です。
4月、5月ごろ何らかの形で皆さんにお披露目できる機会があるかと思いますのでお楽しみに!!
 

 

2017/12/08

結婚記念日と移住について

神河町の山とススキ 
 この度、私、京極朋彦は妻、伊東歌織と共に兵庫県神崎郡にある神河町という町に移住しました。
今後は兵庫を拠点に、実家のある東京、10年住んだ京都を拠点に国内外含め様々な場所で活動を続けていきます。
本日が結婚一年記念日ということもあり、これまでの経緯をまとめて書いてみようと思います。


まず初めに言っておかなければならないことは、今回私たちが神河町に移住するに至るまでには妻、伊東歌織の大きな決断があったということです。
彼女が移住を決断しなければ、もしかしたら私はこの神河町を生涯訪れることはなかったかもしれません。
遡ること約二年前、伊東歌織は、この神河町の「シニア向けのご当地健康体操」を振付することになりました。そこには彼女が10代のころからお世話になっている兵庫県出身の先生の存在がありました。先生は現在東京在住で主に介護福祉や高齢者の健康作りのための体操を教えてらっしゃり、今でも頻繁に神河町を訪れて、体操を教えてらっしゃいます。

そんな先生から振付の依頼をされた伊東歌織が作った体操が「かみかわハート体操」でした。(名前は神河町の地形が綺麗なハート形をしている事に由来し、振付には農家の多い神河町の町民の日常生活での動作を取り入れると同時に、地域の特産である柚子や、美しい山並みや、ススキの広がる平原などがモチーフに振付されている。作曲は私達の結婚式でも演奏してくれた音楽家の佐藤公哉さん、演奏に権頭真由さんが参加。現在はPVも撮影し、地元のケーブルテレビで放映中。)

神河町は兵庫県のちょうどド真ん中辺りに位置する美しい水と空気、自然にあふれた町で、2005年に神崎郡、神崎町と大河内町という町が合併して出来た人口1万1千人程の町です。
それでもまだ兵庫県の市町の中では最も人口が少なく、住民の過疎化、高齢化が進んでいますが、町民の方々は本当に元気でやさしい方が多い町です。

私もアシスタントとしてこの「かみかわハート体操」に関わらせていただき、何度か町を訪れましたが、とにかく東京とは空気が違う。見渡す限りの山、川。夜は満天の星というとても気持ちのいいところという印象を持ちました。しかしまだ私はこの頃、まさか自分が、この町に移住することになるとは思ってもいませんでした。

ちょうどそのころ、伊東歌織は横浜ダンスコレクションという国際的なダンスのコンペティションに振付家としてノミネートされ本選に出演することになりました。
私はその作品にダンサーとして出演することとなり、本選に向けたリハーサルを開始しようとしていた頃、彼女から意外な提案を受けました。
「東京都内で舞台美術(畳一畳分ほどあるテーブル)を持ち運びながら稽古場を転々とすることが物理的にも経費的にもできないから、合宿しよう!」

横浜ダンスコレクションを含め、多くのダンスコンペティションでは、作品はノミネートされたものの、そのリハーサル場所、経費、ギャランティー等は支給されず、賞を受賞した場合のみ賞金が出るシステムをとる場合が多く、国を跨ぐ応募の場合、振付家は経済的理由で参加を見送ることもよくあります。私も以前、メキシコのダンスフェスティバルに招聘された時の渡航費はクラウドファウンディングで集めました。

私もその時、合宿はいいアイディアだと思いました。彼女が合宿先として選んだのは、島根県出雲市。かつて彼女と同じダンスカンパニーに所属し、現在そこに移住した女性ダンサーの住む町でした。聞けば彼女は初め「地域おこし協力隊」という国の制度に応募し、単独島根に移り住み活動を続け3年の任期を終える頃、現地の男性と結婚、定住しているということでした。

地域おこし協力隊とは人口減少や高齢化等の進行が著しい地方において、地域外の人材を積極的に受け入れ、地域協力活動を行ってもらい、その定住・定着を図ることで、意欲ある都市住民のニーズに応えながら、地域力の維持・強化を図っていくことを目的とした制度です。
2009年に総務省によって制度化され、2015年度には全国673の自治体で2,625人の隊員が活躍している、いわゆるIターンを狙って国が予算を出している事業です。
神河町も三年前からこの制度により、県内外から移住者を募って来ました。

「地域おこし協力隊」という言葉は耳にしたことがありましたが、私は実際にそれをされている方と会うのは初めてでした。10日間ほど冬の日本海と豊かな自然に触れながらリハーサルをする中で確実に体の感覚が変わっていくのを感じると同時に、実際に地域おこし協力隊として活動していた方の話を聞く中で、少しづつ私の頭の中に「東京」という場所を客観的にみる視点が生まれてきました。
横浜ダンスコレクションでは奨励賞という大変ありがたい賞を頂きました。が、敢えて書かせていただくと、奨励賞には賞金は出ません。合宿にかかった費用、スタッフの人件費、そしてダンサーとしての私の報酬。それらすべてを奥さんは自腹で出しました。それが現在の日本のダンサー、振付家の現実です。

その後、奥さんは仕事で何度か神河町を訪れるようになりました。彼女の頭の中にはそのころから既に「移住」の二文字があり、実際に私に相談もありました。
神河町にはすでに地域おこし協力隊の先輩方がおり、農業をされている方もいれば、観光課で働いている方。ゲストハウスを運営されている方などがおり、それぞれ異なるミッションもって活動されています。私が二回目に神河町を訪れたとき、この協力隊の一期で隊員として活動し、現在ゲストハウスを運営されている方のところに実際に宿泊させてもらいました。
奥さんがもし神河町で地域おこし協力隊として活動する場合、役所の健康福祉課に所属し「かみかわハート体操」を広めること、地域の健康促進のための体操やレクレーションのサポートなどが主なミッションであり、さらには町外、県外との懸け橋となり地域おこしに協力することになるということでした。

ところが私は奥さんに移住の相談を受けたとき、なぜかその話を遠い先のことのように考えていました。正直なところ今の状態で東京を離れることに不安があったからです。
奥さんはすでに神河町との関係ができている中で、スムーズに移住することができるかもしれないが、この町にとって私は完全なるよそ者です。もし私もこの町で地域おこし協力隊として働くのであれば、私は私で神河町での新たなミッションを考えなければいけません。
夫婦そろって役所に勤めて、生活は成り立っていくのか?
私は協力隊にならなかったとしたら、収入はどうするのか?キャリアはどうなるのか?踊りを続けられるのか?
どこかで現実と向き合おうとしない自分がいました。

18歳で「つまらない大人になりたくない」と息巻いて東京を離れ、京都に10年住み、最後の3年間、ダンスフェスティバルを主催。赤字で借金を作り、東京に戻らざるを得なくなってから3年。だんだん東京でも仕事がもらえるようになってきたタイミングで今度は兵庫に。とにかく迷いました。

こんな時、男脳というのはそんなつまらないことばかり考えるものです。
後ろ髪を引かれて、不確かな未来に手を伸ばして、今という地に足がつかない。
私は先日33歳になりましたが、移住を迷っているときのことを思うと、18歳で東京を出たときのほうがよほど軽やかだったなと思います。27歳でダンスフェスティバルを始めた時のほうがよっぽど自分に正直だったなと。まだ世間知らずだったこともそれらの一歩を踏み出す勇気を助けたかと思いますが、いろいろと経験してきた上で、踏み出せなくなった一歩を助けてくれたのは、過去の自分と、何より奥さんでした。

「貴方は貴方のやりたいことをやって欲しい」

奥さんにはそういわれました。5年前に出合い、去年末に結婚。私のことを誰よりも知っている彼女の言葉に託された意味を私は深く、重く、受け取りました。
私はこの言葉に後押しされ、少しづつ考え方を変えていきました。それは全く新しい考え方に変えていくというよりは、勇気がなくて踏み切れなかった考え方に正直に向き合うプロセスでもありました。

よい環境で、健康に暮らしたい。
豊かな環境で、時間をかけて作品を作りたい。
じっくり自分の体と向き合いたい。

2015年から私は毎年海外のフェスやレジデンスに受かる事が出来るようになり、日本では東京以外の都市に出向くことも多くなりました。
私自身、ダンスの活動をするときは「京極朋彦ダンス企画」と名乗っていますが固定のメンバーがいるわけではなく、逆に言えばダンサーは今まで仕事をしたウィーンに、メキシコに、韓国に中国にと、世界中にいると言ってもいい。
それだったら拠点を兵庫に移しても、活動は続けられるし、むしろダンサーである奥さんと時間をかけて作品を作ることができる。10年住んだ京都も近い。

そう考えていくうちに、移住の良い面をたくさん見出すことができたと同時に、自分が今まで忙しさや収入にかまけて、見て見ぬふりをしてきた事が炙り出されてきました。
それらすべてが移住によってすべて解決する事ではありません。むしろ移住に夢を持って始めたものの、その地域と合わず、帰ってきてしまう人は沢山います。私も正直まったく先は読めません。
しかし今回の移住に関して私は、奥さんに「生きていく」とはどう言う事か?という大きな問題と真剣に向き合うチャンスを貰ったと思っています。

今年の夏には母が亡くなったこともあり、今年はいろいろなことが私の生活の中で混ざり合い、「生きる」ということの意味を少しづつ変えていっています。
このタイミングで大きく生活環境を変えることが10年後、20年後振り返った時にどんな意味を持つのか?それは「その時になってみなけりゃ、わかんないじゃ~ん」と思っています。
今は今の感覚を信じて、そして奥さんを信じて、進んでいこうと思っています。


裏庭には柿の木、アジサイ、イチジクの木があります!


生まれも育ちも東京で親戚一同みんな東京在住の田舎暮らし初心者です。
まずは我が家の裏に、荒れ果てた庭があるので、雑草を抜き、土を耕すことから始めてみようと思います。
数年後、この庭にも、私たちの生活にも、一体どんな花が咲くのか、今から楽しみにしていきたいと思っています。

ということで長々と書きましたが、今後とも関西関東に限らず様々な場所で活動してまいりますので、夫婦共々、どうぞよろしくお願いいたします!!


2017年12月8日 京極朋彦、歌織

2017/09/13

人生がズシズシ

今年の春から秋にかけて。人生がズシズシと動いた。

そんな気がしています。1月から3月まで『K・テンペスト』でツアーをしていたことが遠い昔の事のようです。そこからブログもすっかりストップしていました。

気が付けば秋。なんとなく自分自身のことを振り返りたくなり、久々にこのブログにアクセスします。

直近の告知はNEWS欄にまとめましたので、ご覧ください

春から秋にかけて、私の人生は公私ともに様々な出来事がありました。
大切な人を失ったり、大切な人に助けられたリ、新らしく大切な人が出来たり、、、。
月並みですが、人生は出会いと別れの繰り返しなんだなと感じます。

出会っては別れる人たちと、何を分かち合うことが出来るのか?
出来ることなら出会う人、別れる人たちとの間に笑顔がありたい。
人を笑顔に出来る仕事をしたい。大切な人と自分が、いつも笑顔でいられるように暮らしたい。

そんな基本中の基本みたいなことがひどく胸に響く数か月でした。

なぜか既に今年も締めくくりみたいな気分になっているのですが、まだまだ今年やることは沢山あります。とりあえず明後日から2週間、終日、タイの振付家ピチェ・クランチェン氏とのクリエーションが始まります。

10月には縁が巡って念願のSUNDRUM、敦さんとのセッション、初めて訪れる仙台でのパフォーマンス、介護福祉大学でのワークショップと盛りだくさんです。

つくづくどこに向かうのかわからない人生。それでも大切なことを見失わなければ、自ずと向かう方向、たどり着く場所があると信じています。
何処に向おうと、何処にたどり着こうと大切なことはいつも同じです。

次はどこに向かうのか、いつもワクワクしていられる人生を選んだのだから、思いっきり楽しみたいと思います。

貯金はしますけどね 笑

2017/03/14

Kテンペスト2017 終了

Kテンペスト2017が終了しました。


今年の年明けからKAATで始まったリハーサルから一か月に及ぶ長野県松本市での滞在制作を経ての長野ツアー4か所。そしてKAATでの大千秋楽。ここまで長く、集中的な創作の現場は初めてで、しかも普段とは異なるフィールドである演劇の現場は本当に刺激的なものでした。

リハーサルの前半はとにかく「声」に関するインプットと話し合いの時間。とにかく出演者同士が車座になって沢山話をしました。集団で何かを創作するときにそれぞれの能力ももちろん大事ですが、いかにチームとして作業が出来るか?ということはもっと重要で、KAATでの半月間をとにかくチームとしての「下地」を作ることに時間をさけたのは本当に財産でした。
ダンスでもこういう作り方が出来ればいいのですが、限られた時間と場所、予算によって中々このような時間を作るのは東京では難しいように感じます。

そして今回私が一番贅沢に感じたのはプロの役者さん達の「言葉」の扱いに間近に触れることが出来たことでした。
私自身もダンス作品の中で「言葉」あるいは「デタラメ語」を使用することが多々ありますが、今回触れた役者さんたちの扱う「言葉」は根本的にダンスの「言葉」とは違いました。


KAATのリハーサル中にも話したのですが、「言葉」を扱うようになったとき人間はある種の「魔法」を手に入れたのではないか?と思います。「名指す」ことでそこに「存在」生み出す魔法。「嵐!」と言ってしまえばイメージの中で「嵐」が現出すること。それらすべてが演劇の「魔法」であるように感じました。
普段ダンスを生業にしている私にとって「言葉」について、「発話」について、「演劇」について学ぶことが沢山ありました。

そして、意外だったのは串田さんの作品の作り方は、少しダンスに近い部分があったことです。
俳優である以前に一人の人間であり、人類の一部、自然界の一部でもあるというスケール感。表情や感情みたいなこと以外に強くイメージを持つこと。そしてある時は「形」から入り、ある時は「感情」から形をつくること。(ここら辺は振付に近いものがあります)そしてフィクションの位相を行き来する自由さ。ありとあらゆる手段が許されるような現場でした。
これってとってもダンスの現場に近い気がして、演劇素人の私も何とか食らいついていけたような気がします。

また、同世代の役者さん、大先輩の役者さん、ミュージシャン、スタッフの皆さんと同じ演目を出来たことは本当に楽しかったです。
大先輩が楽屋でポロッと演技のアドバイスを下さったり、ミュージシャンの方が踊り用に作曲してくださったりして、本当にありがたい時間を過ごさせていただきました。

そして旅先では一緒にご飯食べたり、全然関係ない話を沢山して、何というか、10年ダンスを必死でやってきたご褒美が意外な形で返ってきたような、幸せな時間でした。
そして松本の劇団「TCアルプ」の皆さんに出会えたことも僕にとっては財産です。
自分も東京出身で京都に10年住み、今再び東京で活動している身なので、都市と地方に関して思うとは多々ありますが、彼等の背中から沢山のことを学んだ気がします。


と、まあ書き出したらきりがないのですが、一先ずの一区切り。
明日からまた違う海に航海に出発します。
実は今回の演目に参加したことによって生まれた新しい企画も動き出しました。追々その情報もブログで公開できると思います。
今後の出演、振付情報をNEWS欄に記載しました。サボりがちなブログですが、ちょいちょい更新しますので、ぜひチェックしてみてください!!

2016/10/17

「体と言葉の研究会」第二回 「デタラメ語」連続ワークショップ開講

<概要>
ダンサー、振付家の京極朋彦が自身の作品で頻繁に使用する「デタラメ語」を使ったワークを元に、ダンサーや学者、他ジャンルの芸術家と共に言葉と体の関係を研究、発表していく長期プロジェクト「体と言葉の研究会」。
第一回は「デタラメ語」を使用した京極のソロダンス ”カイロー”を女性ダンサーに踊っていただきました。

第二回となる今回は京極が今まで様々な作品で使用してきた「デタラメ語」のワークを体験してもらうワークショップを全三回、開催します。ワークショップ最終日には参加者によるショーイングと京極自身の「デタラメ語」を使用したパフォーマンスを行います。

<日時>
第一回 2016年11月19日(土)19:00開始 21:00終了
第二回 2016年12月17日(土)19:00開始 21:00終了
第三回 2017年  1月14日 (土)18:00開始 19:00終了


ショーイング   1月14日 (土)19:30開始 21:30終了

<会場>
Rire Yoga&kids dance studio 〒158-0096 東京都世田谷区玉川台2-1-15 3F

<参加者>
年齢、国籍、問わず、ダンスや演劇の経験も問わず。「体と言葉」に興味がある方であればどなたでもご参加いただけます。(一回 定員10名)

<料金>
ワークショップ(連続受講 推奨、単発受講 可能)
一回参加 1500円
二回参加 2800円
三回参加 4000円


ショーイング
鑑賞料 1000円(一度でもワークショップにご参加いただけた方は500円)
※最終日ショーイングには一回でもワークショップにご参加いただけた方で、三回目のワークにご参加頂ける方に出演していただきます。出演は強制ではありません。

<予約問い合わせ>
京極朋彦ダンス企画 Kyo59.1201@gmail.com
①お名前 ②参加希望日 ③ご連絡先を明記の上メールをお送りください。
ご不明点はお気軽にお電話ください 090-6155-7408 (京極)

内容などの詳細はFacebookイベントページをご覧ください。

2016/09/26

「体と言葉の研究会」女性版“カイロー”無事終了しました!

女性版“カイロー”無事終了しました!両日共に会場に入るだけギリギリのお客さんに来て頂き、アフタートークも初日はお客様に沢山助けられながら、最終日はゲストの詩人、カニエ・ナハさんのお話がとても面白いく、とても幸せな会になりました。
千秋楽後、京極、北川はそのままカニエさんと共に終電ギリまでインドカレー食べながら、留まる事のない「体と言葉」の話へと続き、とても有意義な時間を過ごすことが出来ました。

今回、4ヶ国9都市を旅してきた自身のソロダンス『カイロー』を始めて人に振り写す。更に女性に!ということで、本当に様々な発見がありました。
北川さんは元々「デタラメフランス語」のスペシャリストでしたが僕の喋る「デタラメ語」とは、実は異なるシステムを持っていて、それも面白かったですし、何より北川さんと一緒にリハーサルを重ねながら丁寧にお互いの「違い」をつぶさに拾い合うことが出来たのが、とてもよかったです。

新作を作る時はどうしても「作品にする」ことに気を取られがちですが、再演の良いところはすでに作品の構造はできているので、肉付けの部分をじっくり考えることが出来ますし、今回は北川さんからアイデアをもらったシーンも沢山あって、再演の醍醐味を深くかみしめています。
機会があればまた再々演も見てみたいなと思っています。
お互いジジイとババアになって既に日常から「デタラメ語」喋ってたりしたらまた「デタラメ」の概念が覆るかも。。。

ひとまず今は今回のインプットの嵐にふらふらですが、ご参加頂いた皆様、Rire Yoga&kids dance studioの皆様、そして踊ってくれた北川結さん、関わって下さった全ての皆様に感謝を込めて、本当にありがとうございました!
https://www.facebook.com/events/1018946201515999/?ti=icl